精神障害を考える演劇ワークショップ・プロジェクト『IKIZAMAミュージックぱーてぃー』公演レポート

2025/03/31

取材・文:福井尚子 撮影:橋本貴雄

「精神障害を考える演劇ワークショップ・プロジェクト」では、精神疾患をかかえる人たちの声や表現を発信する活動グループ「OUTBACKプロジェクト」と、演出家の多田淳之介さん、音楽家の西井夕紀子さんが精神科病院に赴き、入院患者のみなさんと「大切にしてきた歌/音楽」を交換するワークショップを重ねてきました。

2025年3月9日(日)、ワークショップを経て感じたことや、メンバーの体験を持ち寄りながら創作した舞台『IKIZAMAミュージックぱーてぃー』が上演されました。今回は当日の模様をレポートします。

オリジナルマラカスを作って客席へ

会場となったのは、今年開館50年を迎え、3月末で休館となる神奈川県民ホールの小ホール。舞台の奥にパイプオルガンを備えた、音響効果の高いホールです。
受付からロビーへ進むと、テーブルの上に、紙コップとビーズが並べられていました。

紙コップの中に好きなビーズをひとすくい入れて、蓋をし、マスキングテープで十字に止めたらオリジナルマラカスのできあがり。子どもも大人も、開演前からわくわくしながら、マラカスを手に客席へと向かいます。

パーティーのはじまりは舞台上と客席で乾杯!

すっかりパーティー仕様のステージに気分も高まり、会場に流れているノリノリのパーティミュージックに身を委ねながら開演を待ちます。舞台向かって右手のテーブルには、演出の多田淳之介さんがスタンバイ。

少しすると、客席の左前方のドアからメンバーが登場。メンバー・アラレちゃんの「牛丼マーチ!」の合図で、今回のために作られたオリジナルソングを歌いながら、メンバーたちが軽快に舞台上へと入場しました。

パーティーのはじまりは乾杯の挨拶です。メンバーの音頭で、客席のお客さんも立ち上がり、「乾杯!」の声とともに、マラカスになっている紙コップを掲げました。

続いて歌われたのは、紫雲会横浜病院でのワークショップで出会ったソガベさんの思い出の曲として紹介された「日本全国酒飲み音頭」。「一月は正月で酒が飲めるぞ」にはじまり、毎月なにか理由をつけては「酒が飲めるぞ」と歌う歌詞に会場からも笑いが起きます。客席も早速マスカラを振って音楽に乗り、おおいに盛り上がりました。

次の楽曲「東京ブギウギ」は、武田病院のあいさんの思い出として紹介された歌です。客席にいた高齢の男性もなじみのある曲なのでしょうか、口ずさんでいるのが聞こえました。

メンバーの入院経験が綴られた歌

続いて、入院にまつわる歌のコーナーです。

メンバーのくにくくは、自身がアルコール専門病棟に入院していたときの体験をラップで表現。ぶどうパンを食べてアルコール反応が出た人が隔離病棟に連れて行かれたという体験をラップにした歌詞の「なんでぶどうパンで アウトが出たんだよー」の繰り返しには、笑いながらも、少しの苦い気持ちと、正しさとはなんだろうと考える余韻が残ります。

アラレちゃんによる「大迷惑 入院バージョン」は、ユニコーンの名曲「大迷惑」をアラレちゃんの入院経験をもとにした歌詞に書き換えたもの。看護師さんの監視がつらかったこと、コロナ禍でなかなか家族と面会ができない状況だったことなどへの思いが、悲痛な叫びとして伝わってきました。

生きてきた時間の重みを感じる、紫雲会横浜病院の思い出

ワークショップを行った紫雲会横浜病院の西浦さんが登壇され、写真を見ながら、WSの思い出を振り返ります。

入院患者である絶中さんが作曲したオリジナルのピアノの曲の録音を、舞台も客席も一緒に聴きました。絶中さんにとって大切な歌、Mr. Childrenの「Tomorrow never knows」や、オリジナルのピアノ曲を聞いて「絶中さんの生きてきた時間の重みを感じた」と制作担当の横井さんが追想します。

メンバーのゆゆさんとりっちゃんは、入院患者のNANAさんの思い出を披露。「尾崎豊は私のすべて」と言うほど尾崎が好きなNANAさんとのこと。そしてメンバーの青木さんも、自身の尾崎との出会いを語ります。2人の生きてきた道程を包み込むように、ボーカルのYuima Enyaさんが尾崎豊の「卒業」を歌い上げました。

続いて、メンバーのりっちゃんが桃井はるこさんの「さいごのろっく」を披露。人生のターニングポイントになった曲として紹介してくれました。

オルガンとラップで奏でられる「病院のうた」

音楽を聴き、それぞれの人生に思いを馳せたところで10分の休憩。後半は、メンバーと西井さんが一緒につくった「病院のうた」からスタートです。

小ホールにあるパイプオルガンで演奏される、讃美歌のようなメロディにのせて歌われる「安心 安全 みんなの病院 安心 安全 ありがとう」という歌詞。そこに、アップテンポなメロディが差し込まれ、ラップがはじまります。

このラップは、摂食障害で精神科病院に入院したのに、ご飯が食べられないことを怒られる、という経験をしたメンバーのゆゆさんの入院体験がベースになっています。薬を飲んだかどうかのチェック、入浴時間が短く、急かされるようにお風呂に入っていたこと。ゆゆさんが語る入院体験に、会場にいたおそらく病院の関係者、または入院の経験者から「そうだよね」と共感するような声も聞こえます。

ワークショップ風景を再現。武田病院の思い出

続いて、もう一つのワークショップの受け入れを行った病院である、武田病院の青木さんとヒデさんがステージに登場。

写真がNGだったという武田病院では、写真家の橋本さんが、ワークショップの様子を言葉で記録したそう。橋本さんの目が捉えたワークショップの風景が描かれたそのフィールドノートを、メンバーが順に読み上げ、他のメンバーがその様子を演じます。お芝居ではメンバーが挨拶を交わす様子などが細部まで表現されていて、ワークショップの風景が立ち上がってくるように感じられました。

武田病院で印象に残った人として、ゆゆさんはあやめさんの名前をあげます。あやめさんが大切にしていた、愛と人の死をつづった歌、「愛と死をみつめて」の紹介に続けて、ゆゆさんの恋人が病気で亡くなった経験をお話されました。歌ったのは、沢田知可子さんの「会いたい」。ゆゆさんの思いのこもった歌声に、思わず鳥肌が立ちます。

続いて、メンバーのえっちゃんが自身の恋の思い出とともに、Dreams Come Trueの「LOVE LOVE LOVE」を披露。ゆゆさんが隣で寄り添うように手話をします。

舞台はワークショップの場面の再現へと移ります。橋本さんのフィールドノートに綴られていたのは、メンバーのさしくんのこと。ワークショップ中に生まれたというオリジナルの曲「そうだね そのとおりだね」をさしくんが歌います。ペンギン、ダチョウ、さまざまな鳥が登場する不思議な世界観の歌詞がクセになって、次は何が出てくるのだろうとわくわくしながら客席も聴いていました。

えっちゃんは、武田病院で印象に残った人として、おがちゃんを紹介。おがちゃんは大谷翔平さんが大好きで、試合を観ているうちに聴く機会が増えて好きになった、という「アメリカ国歌」をリクエストしたそう。パイプオルガンの伴奏で、客席も一緒に「アメリカ国歌」を「ルル ルルル〜」と歌ってみました。荘厳なオルガンの音が、心地よく響きます。

続いて西井さんが、入院されている方と連弾したという「戦場のメリークリスマス」を、客席にいたお客さんと再現しました。武田病院のヒデさんも、バイオリンで演奏に加わります。

客席もこれまでノリノリで振っていたマラカスを、静かにゆっくり揺らしながら、演奏に加わります。周りの音、自分の音を聴きながら演奏するその時間、客席とステージが一体になったように感じました。

冬の不調と付き合いながら本番に向かってきたメンバーたち

空間が静かになったところで、メンバー・さっちゃんの詩「鬱のときに思うこと」が、西井さんのピアノ伴奏にのせて朗読されます。今日は「パーティー」ではあるけれど、冬は気持ちが落ち込みやすいから、気持ちに沿うことを歌いたかったという、さっちゃん。

今回の稽古期間中は冬だったこともあり、メンバーの調子が悪かったと、中村さんからも話がありました。ゆゆさん、りっちゃん、アラレちゃんからもそれぞれどのように調子が悪かったか、どのようにやり過ごしていったかなどが、中村さんとの対話の中で明かされていきます。

アラレちゃんは調子の悪いときはひとりカラオケに行くそう。そんなとき歌うのが、THE BLUE HEARTSの曲。アラレちゃんはTHE BLUE HEARTSの曲の「ノリとやさしさが好き」と語ります。

最後は「TRAIN-TRAIN」をみんなで歌いました。客席ももちろん、マラカスを精一杯振って参加します。

歌い終わるとすぐに「アンコール!」と大きな声が客席から。中村さんが「もちろん、アンコールの曲も用意しています!」と言うと、客席からはたくさんのマラカスの音がシャカシャカと響きました。客席から気持ちを伝えたいとき、今日はこのマラカスが随分助けてくれたような気がします。

アンコールは、同じくTHE BLUE HEARTSの「人にやさしく」。「このまま僕は 汗をかいて生きよう」という歌詞に、精神の不調を乗り越えながら舞台に立つメンバーのみなさんの姿が重なるように感じて、私もぐっと心が掴まれました。

「僕はいつでも 歌を歌う時は マイクロフォンの中からガンバレって言っている 聞こえてほしい あなたにも ガンバレ!」。ステージと客席それぞれから「ガンバレ!」とエールを送り合って、この日の公演は閉幕しました。

2時間半にわたり、さまざまな人の人生と音楽を聴く時間。それぞれの人生のすべてを一度に知ることはできないけれど、大切にしている音楽を聴くことは、その人の人生の根幹の部分、まさに「生きざま」にダイレクトに触れることができると感じました。

見えないもの、見えにくいものとされている精神の障害。今日の会場が音楽を奏でることで客席も舞台も一体となったように、見えないもの、見えにくいものが表現として発露されることで、社会も一体となることができたら。そんな希望を感じるステージでした。


ありがとう神奈川県民ホール<共生共創フェスティバル>
精神障害を考える演劇ワークショップ・プロジェクト 『IKIZAMAミュージックぱーてぃー』

2025年3月9日(日)16:30開演
神奈川県民ホール 小ホール
詳細はこちら https://kyosei-kyoso.jp/events/ikizama2025_kyosei-kyoso-festival/